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「東電福島原発事故 総理大臣として 考えたこと」菅直人著② [書物]

菅直人氏は、この驚愕の事故に総理大臣として直面して、考えが変わった、と、会見でも述べていた。

菅氏は、もともと、社会党時代、否、市民運動家の時代から、原子力発電には、反対の立場だった。しかし、次第にその気持ちは薄れていっていたようだ。そのこともここに書かれている。
民主党が政権を取ったとき、民主党の原発推進政策に驚いた方も多かったのではないだろうか。前原氏が、意気揚々と他国に原発を売りに行っている様子もあったが、私はがっかりした。そして、どこかで心を変えてくれ、と願っていた。

菅氏は、3.11を境に、全く気持ちを変化させた。というよりも、政治家になったころの自分の本当の気持ちを思い出したのだろう。

『私は、脱原発と自然エネルギー問題に絞って、政治活動を続けることを決意した』
(P187)
菅氏はこう述べている。本気でがんばってほしい。一度死んだ人間で、何も失うものはない、という気概を持って。
すでに、懇談会には、田坂広志氏、孫正義氏、岡田武史氏、坂本龍一氏などが集まった。
官邸前のデモにも協力している。

『哲学者の梅原猛さんが、今回の原発事故は「文明災だ」と看破された。
原発問題は単なる技術論でも、経済論でもなく、人間の生き方、まさに文明が問われている。原発事故は間違った文明の選択により引き起こされた災害と言える。であれば、なおさら、脱原発は、技術的な問題というよりも、最終的には国民の意思だ。哲学の問題とも言える』
『私自身も、3.11原発事故を体験し、人間が核反応を利用するのは根本的に無理があり、核エネルギーは人間の存在を脅かすものだと考えるようになった』
(P39)
ともすると、この事故を踏まえて、技術を高めることが大事だ、という方向へいっている人たちもいる。もちろん、世界中の原発を廃炉にするとしても、その廃炉の方法とその後の管理には、より高度な科学的技術が要求される。しかし、そのことと、原発を、誤魔化しのなかで、利権とお金のために作り続けることとは、全く違う問題である。

『この事故で日本壊滅の事態にならずにすんだのは、いくつかの幸運が重なった結果だと考えている』
(P119)
『もし、幸運にも助かったから原発は今後も大丈夫だと考える人がいたら、元寇の時に神風が吹いて助かったから太平洋戦争も負けないと考えていた軍部の一部と同じだ』
(P120)
この書物をはじめ、テレビ朝日の玉川氏の著書などを読めば、大爆発しなかったことが、どれほどの好運だったのか、が分かる。何しろ、どうして大爆発しなかったのか、誰にも本当のことが分かっていないのだから。
それこそ、異星人が、否、神様が助けてくれたのかもしれない。

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